「見えないもの」って、結局なんなの?
こんにちは。
今回は、自己紹介でも触れた「見えないもの」についてお話しします。
「見えないもの」は、意外と身近にある
見えないものと聞くと、お化けや幽霊を思い浮かべる方が多いかもしれません。
きれいで神秘的な場所なら「ご利益」。怖い場所や嫌な感じがするところなら「悪い気」「生霊」。呼び方は違っても、どれも目に見えないものです。
「そんなの、あるわけない」と思う方もいると思います。
そりゃそうです。目に見えないんだから、当たり前です。むしろ、こんなことを言っている僕のほうが頭おかしいんじゃないか、と思うのが普通の話です。
でも、「なんとなくここは空気がきれい」「なんだかジメジメしてる」と感じたことはありませんか?
いわゆる“雰囲気”。その中に、見えないものの一部があると思ってもらえるとわかりやすいかもしれません。
逆に、そういうのは全然感じない、という方。
それはこういったものにまったく影響を受けないタイプなので、僕からしたら心の底から羨ましいです。
しかも、見えないものの多くはただそこにあるだけ。悪さをしようとしているわけではないのに、こちらの体が磁石のように引き寄せてしまうことがあります(例外はありますが)。
ちなみに、ホラー映画に出てくるような恐ろしい幽霊に会ったことがあるかというと……ありません。怖すぎて、たぶん見たら倒れます。
(僕の見え方の変化については、また別の回でお話しします。)
僕にはどう視えているか
カウンセリングでよくお話しするのは、オーラや「気」のことです。
その人の調子や体調をつくっているもの、家の空気を生み出しているもの。そういったものが視えます。
※見えないものの状態については、あくまで僕個人の主観です。
光って見えるわけではありません。見え方は人それぞれですが、僕の場合は、体の輪郭に沿ってモヤがかかっているように見えます。お家の空気も同じような感じです。
実際に触るわけではないけれど、触れたらベタつきそうな綿あめみたいなもの。朝霧のように爽やかなもの。触れた瞬間に静電気が起きそうな、ちょっと攻撃的なもの。そんな感覚があります。
温度計や湿度計のようにご自身の状態把握のために見ることが多く、乱れてる部分や薄くなっている部分に対して、どのように回復させる、もしくは気をつけるかをお伝えしています。
パワースポットは、どこで深呼吸してもいい
いい気からパワーをもらう、という話もよく聞きますよね。正直、きれいな場所で深呼吸するだけでも、十分に影響は受けています。
伊勢神宮のとある場所で、パワースポットでもなんでもないところに手をかざして「パワーを感じます」と言っている人がいたという話を聞いたことがあります。
それを見た宮司さんが「そこ、何も関係ないところですよ」と言って立ち去った、という。
それでもその人がいい気をもらえたのは、当然です。伊勢神宮全体の空気がとても神聖なので、どこにいても深呼吸するだけで効果があるんです。(時間帯や季節によって状態が変わることがあります。)
参拝に並ぶのは、神様にご挨拶をする、そんな風に考えていただければと思います。
ただ、手をかざしたりするのが無駄かというと、そうでもありません。
「今からあなたを受け入れます」「今から空気を受け入れます」という状態をつくることで、チャンネルが合いやすくなって、受け取りやすくなる。そういう面もあるんです。
もうひとつ。パワースポットと呼ばれる場所は、一応ちゃんと存在します。温泉でいう源泉みたいなものですね。
ただ、源泉なので、あまり近づきすぎなくてもいいのかなと思うこともあります。源泉のお湯が適温ならいいけれど、もし超熱かったら、入っただけで火傷して具合が悪くなってしまいますよね。
僕がそれを感じたのは、明治神宮の清正井(きよまさのいど)でした。
感じ方には「チャンネル」がある
受け取れる量には個人差があります。ラジオのチャンネルを思い浮かべてみてください。チャンネルが近い人ほど受け取りやすく、離れているほど感じにくい。
いわゆる「見える・見えない」も、このチャンネルが合うかどうかの違いだと思っていただければと思います。目や鼻や耳だけでなく、感覚でわかる“第六感”もそのひとつです。
神社でのお参りも、見えないものへのお願いですよね。
実際に何かが働いて、まるで幸運のようにうまくいくこともあります。縁切り神社なんかは特に有名で、願いを書くときはかなり細かく書かないと、思ってもみない形で縁が切れてしまう……なんて話もよく聞きます。
もちろん、手を合わせて強く願うことで、心と体が「よし、頑張ろう」と気合いを入れ直してくれる効果もあります。
僕自身は、目に見えないものからの影響を本当に受けやすいタイプでした。早く寝ても寝つけない、なんてこともしょっちゅう。
だからこそ、この力に悩まされていた頃は、受ける量を自分で調節したり、影響を受けにくい部屋づくりを覚えたり、自分を強くすることを意識していました。
見えないものの正体
では、見えないものって結局なんなのか。
僕は、いろんな人が残していった記憶のかけら、その時の強い感情の名残り、無念にも亡くなった方の想い——そういったものだと考えています。
もちろん、ディズニーのように楽しい気がたくさん湧いて、満ちている場所もあります。
ポップコーンのような粒がふわふわ浮いているというより、もっと細かい霧が、少し密集して群れをつくっているイメージです。
それを直接浴びるというより、そこで生まれるマイナスイオンを全身で感じ取るような感覚。空気のきれいな場所に行くと元気になるのは、そういうことなのかもしれません。
いい場所=いつでもいい、ではない
ただ、いい場所に行けば必ずいいかというと、そうとも限りません。
たとえば、体がすごくしんどくて、体の中に泥のようなものが詰まっているなら、川や海に行って流すイメージでリフレッシュするのはありだと思います。
でも、疲労困憊で回復するだけの体力も残っていないなら、温泉などでゆっくりするほうが体調が良くなることもあります。
大事なのは、受け取る側が今どういう状態で、受け取るだけの余裕があるかどうか。それを考えずにいくと、逆効果になることもあります。
熱を出して具合が悪いのに温泉に入ったって、きれいにはならないですからね。
なので、ぜひその時の体調を「今日はどんなもんかな」と感じてみてください。
「今日は元気だから海に行ってみよう」という思いつきでもいいし、「なんかちょっとお風呂に入りたいかも」「素敵なカフェで、素敵な時間を過ごしたいかも」という、その時の感覚でもいい。
そういう何気ない選択も、実は見えないものを上手に受け取ることにつながっている。それを知っておいていただけたらと思います。
というわけで、今回は自己紹介の中に出てきた「見えないもの」についてのお話でした。
次回は、「脂のりのりのステーキって何の話?」についてお話ししたいと思います。
では、また。